農村の保守化歴史上の人物【明治時代の人物】

歴史上の人物を紹介します。明治時代の人物を簡単に説明します

農村の保守化

国会開設を目前にして、政党再興と旧民権派結集をめざす大同団結運動が1886年に起こった。


翌年には条約改正問題の紛糾を機として、地租軽減、言論集会の自由、外交失策の挽回を要求する三大事件建白運動起こることになる。


三大事件建白運動で自由民権運動の再建を図ろうとしたのだが、政府は欽定憲法(大日本帝国憲法)の発布を控えて、1887年末には戒厳令同様の体制を整えながら、保安条例を発し、一挙に弾圧した。


こういった政局の中で、農村では寄生地主制が発展することになる。


1890年代半ばには寄生地主が農地と農家のおよそ半分を支配するようになり、農業の支配的な生産関係として確立をみる。


これにより、農村は保守化し、1889年の大日本帝国憲法発布後の明治憲法体制を安定させることにもなる。