五稜郭での黒田清隆歴史上の人物【明治時代の人物】

歴史上の人物を紹介します。明治時代の人物を簡単に説明します

五稜郭での黒田清隆

五稜郭まで倒幕側と幕府側のもつれ合いが続いたというのは有名です。


しかしながら、ここには損得を抜きにした(そんなことは実際ありえないと思うのだけれど)人間関係があったこともいなめません。


それが黒田清隆と榎本武揚の関係です。


黒田清隆は倒幕側の指揮をとり、榎本武揚は幕府側の指揮を執っていました。


お互い敵味方なわけですし、黒田清隆としてはなにがなんでも勝たなければならないという状況にありました。


しかしこの黒田清隆は榎本武揚を大変に尊敬していたのです。


その榎本武揚を五稜郭にまで追いつめたものの、相手への敬意は忘れられませんでした。


あきらかに幕府側の方が不利であり、幕府側には食料も足りなければ水もたりない、もろもろのものが足りなかったのです。


勝敗は明らかでした。しかし、黒田清隆は幕府側に伝令を送り、「食料はありますか? 水は足りていますか?」と榎本側(多分黒田清隆にしてみれば、それは「幕府側」ではなく「榎本側」という気持ちだったのでしょう)に十分な気遣いを示したのです。


榎本武揚も武士であり、オランダに留学した才英でもありますから状況はつかめていたはずです。しかし、武士は主君のために忠義を尽くすのが生きる道です。


結局は倒幕側の勝利になり、江戸幕府は身ぐるみをはがされる結果になりましたが、五稜郭ではこのような人間ドラマも繰り広げられていたのです。


その後は、みなさんご存知の通り、黒田清隆も榎本武揚は明治新政府で活躍することになります。