夏目漱石は、高浜虚子の作品に寄せた前書きの中で「余裕のある小説」または「余裕派」という言葉を使ったので、のち夏目漱石は余裕派と呼ばれるようになる。
自然主義評論家の長谷川天渓は、漱石を含めた「ホトトギス」系の文章家を呼んで批判した。
つまり、「大人が小供を視るの態度」で対象に臨むという漱石らの作家姿勢が、現実密着を進めていた自然主義者の目には冷笑的余裕に映ったということである。
漱石と比較されることの多い森鴎外も、自然主義とははっきりした距離を保った作家である。
森鷗外を含めて「高踏派」(世俗に汚れずに世の中をすごす生き方)と呼ばれることもある。