ホトトギス派歴史上の人物【明治時代の人物】

歴史上の人物を紹介します。明治時代の人物を簡単に説明します

ホトトギス派

高浜虚子は河東碧梧桐の紹介で正岡子規を知り、俳句に没頭した人間です。


河東碧梧桐とは旧制二高を同時に中退するほどの親友でしたが、正岡子規の没後、門下の二俊秀と称せらたふたりは、句風の違いから対立するようになります。


高浜虚子は「ホトトギス」で俳句を再開し、俳句定型の十七音と季語を重視し、河東碧梧桐の新傾向俳句に対立し、俳壇の主流を占めました。


虚子は碧梧桐よりも主観的でしたが、安易な主観をさけるために客観の写生を主張します。


それをのちに花鳥諷詠の文学と位置づけることになりました。


句風は穏健古雅で、保守伝統的といえます。


「ホトトギス」を主宰したことは有名ですが、そこで夏目漱石の「吾輩は猫である」を発表させたことでも知られます。