夏目漱石歴史上の人物【明治時代の人物】

歴史上の人物を紹介します。明治時代の人物を簡単に説明します

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余裕派

夏目漱石は、高浜虚子の作品に寄せた前書きの中で「余裕のある小説」または「余裕派」という言葉を使ったので、のち夏目漱石は余裕派と呼ばれるようになる。


自然主義評論家の長谷川天渓は、漱石を含めた「ホトトギス」系の文章家を呼んで批判した。


つまり、「大人が小供を視るの態度」で対象に臨むという漱石らの作家姿勢が、現実密着を進めていた自然主義者の目には冷笑的余裕に映ったということである。


漱石と比較されることの多い森鴎外も、自然主義とははっきりした距離を保った作家である。


森鷗外を含めて「高踏派」(世俗に汚れずに世の中をすごす生き方)と呼ばれることもある。

あばたに悩んだ夏目漱石

夏目漱石の自伝を読んだことのある人はご存じだと思いますが、漱石は痘痕(あばた)に悩んでいたと言われています。

種痘から疱瘡にかかった過去が原因だと言われていますね。


実は漱石はいろいろな病気を抱えていた人で、何が原因で悩んでいたのかわからないのですが、イギリスに留学したときも、自伝などでは、あばたを気にして外を歩き回らなかったと言われています。

文豪と呼ばれた漱石ですが、悩みも多かったようですね。

夏目漱石と江藤淳

明治時代の人物というよりは、歴史上の人物といえる夏目漱石ですが、夏目漱石の研究者として、一般的に有名なのは、江藤淳ではないでしょうか。

新潮社から出ている『漱石とその時代』を読んで、江藤淳を知り、夏目漱石を深く理解した過去があります。

もちろん、江藤淳自体の評価については、専門家の中で対立があるのかもしれませんが、読んだのが中学生のころでしたので、江藤淳の書く夏目漱石が私のイメージとして定着しています。世代的に、そういう人も少なくなかったような気もしますが。