後藤象二郎歴史上の人物【明治時代の人物】

歴史上の人物を紹介します。明治時代の人物を簡単に説明します

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電話帳に載っていた名前

電話をかけるとき、または受けるとき、無意識に「もしもし」と言ってしまうのはなぜなのでしょう。


電話を受けるとき「はい」としか言わない方もいるでしょうが(私がそうです)、いきなり「おれだ」とか「わたしだ」と言う人は少ないでしょう。


それはやはり電話を受けた人が「え? おれって誰?」と思ってしまうからなんでしょうね。


つまり「もしもし」というのは、もともと「申す申す」が音便化された言葉であるということからも、「これからなにか言いますよ」という合図になるわけです。


ですが、日本に電話が引かれた当初は「もしもし」とは言わなかったのです。


東京の電話交換が始まったのは明治23年(1890年)ですが、このときの電話交換公開実験の模様が当時の新聞に載っています。


それによると、まず聴音機を両耳にあて、器械の中央に突出する筒先を口にあてて「オイオイ」と呼んで交換手につないでもらい、相手が出るとふたたび「オイオイ」と言って相手からの承諾の挨拶を聴音機から聞いて、それから用談に入ったとのことです。


つまり、電話は「もしもし」ではなく「オイオイ」で始まったわけです。


ずいぶん威張った感じがするかたもいると思いますが、それは当然なのです。なにしろ当時電話をもっている人というのは、高級官吏や実業家など、みんないわゆる偉い人ばかりだったのですからね。だから当然といえば当然なのです。


ですから当時の電話帳をひらいてみると、渋沢栄一(158番)、大隈重信(177番)、後藤象二郎(247番)などの名前が載っています。


ちなみに「オイオイ」に対する受け手の応答は、「ハイ、ヨウゴザンス」だったそうです。